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美術館に行く アーカイブ

2004年12月26日

エッフェル塔に会いに

トランクでできたエッフェル塔を見にいって来ました。ラルティーグのあまりにも有名な写真「モノグラム・トランクタワーとエッフェル塔」を模した、トランクのタワーがあったのは『ルイ・ヴィトン 時空を超える意匠の旅』 (兵庫県立美術館/東京展2005年1月21日〜3月21日森アーツセンターギヤラリー)。会場入口に設営されたこのタワーが写真撮影OK!(会期中に突如)になったと新聞で読み、最終日前日に駆け込みました。 私はエッフェル塔のコレクターで仕事場にエッフェル塔コーナーがあります。以前パリにしばらくいた時に7区のrue de Monttessuyという所に住んでいました。この通りに出ると誰もが息をのむのです。エッフェル塔がドーンと前方に迫ってくるから。毎日毎日ド迫力の彼女=エッフェル塔を見ていると愛着が湧いてきました。それでパリにいる時から少しづつ彼女をコレクションしています。コレクターとしては外せないのがトランクタワーであったという訳です。ちなみにエッフェル塔のコレクターにはホモセクシュアルが多いのだとか! 兵庫県立美術館にはエントランス付近にセザールがエッフェル塔の廃材(彼女は周期的に大切にお手入れされ、部材が取り替えられるのです)でつくった彫刻があります。私もエッフェル塔の廃材、欲しい!

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2007年03月21日

ビル・ヴィオラ   ー   はつゆめ

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ようやく、最終日に駆け込んできました。
ご近所美術館でやっていたもので、いつでも行ける、なんて思ったのが大間違いでした。1月末から開催していたというのに‥

最終日、それも閉館1時間前に入館。
映像作品なので、当然なのですが、会場は真っ暗。
闇に包まれています。

bv-3.JPG暗闇の会場

暗闇に浮かぶようにビル・ヴィオラの作品がありました。

ナム・ジュン・パイクの影響を受けたアーティスト、ってことくらいしか予備知識のないままでしたけれど、最終日にでも駆け込んで本当に良かった !

今回展示された(というか、上映ですが)9の作品のうち、『クロッシング』がとてもとても印象に残りました。

男性がひとり立っています。上から水が頭を目指して落ちてきて、水の量がどんどんどんどん増えていきます。
やがて洪水のような水が男性を呑込んでしまうのです。
それでもまだ大量の水が落ちてきて、水滴が画面の下から立ち上るように撥ねる‥
落ちる水は、ひとときも同じカタチをしていない氷柱の連続模様みたい。
透明でアレグロで落ちてゆく水‥
それがあまりに美しいので、見ている側も浄化されてゆくような感覚にとらわれました。

ビル・ヴィオラはナム・ジュン・パイクと同様に日本と縁の深いアーティストで、80年に18ヶ月滞在しています。
81年、滞在中に制作した『はつゆめ』はヴィオラ アートの転機となった作品らしいのですが、時間切れで見られませんでした。ああ、なんてコト !!

それに、もう少し早く行って、もっと、早くご紹介すべき、展覧会でした‥‥‥

ココでは今までがっかりしてばかりだったもの。


**追記:ビル・ヴィオラのインタビューと作品の紹介を見ることができます。
2007.3.22

2007年03月24日

球体関節人形展 ー 四谷シモンを中心に

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無理かな、と諦めていたのですが、やはり、気になって行って来ました。
京都同志社大学で行われていた特別企画展「球体関節人形展」最終日に、シンポジウム「四谷シモン 自作を語る」があったのです。

またまたギリギリの時刻に会場に到着。
シンポジウムには間に合ったけれど、展示室は話を聞いている間に閉まってしまいました‥

シンポジウムと名の付くものに(あまり行かないけど‥)面白いものなし‥という私的感想はまたもや当たり。
シモンさんのお話を聞きたいのに、聞き手やパネリストの先生方お得意の作品の分析、又解釈の(シモンさんに対する)同意に終始してしまったのは聴衆として残念でした。

興味深かったのは質疑応答です。
人形について研究している大学院生  「人間と人形を隔てるものは何ですか?」
四谷シモンさん  「う・・・ん、ないですね。人形と人を隔てるものは、ありません」

質問「シモンさんの人形は愛玩するのか、或いは、ケースに入れて飾っておくのか、どちらを念頭において制作してますか?」
回答「う・・・ん、それは考えたこと・・・ないですね。」

この日の聴衆は何となく人形偏愛的?な感じの男性やゴスロリ少女が少数ながら会場のいい雰囲気をつくっていて視覚的に私、楽しみました。
なかに友人の写真家上諸尚美夫妻の姿も‥

それに、このご案内を送って下さったアスタルテ書房の佐々木さんが、シンポジウム終了後、人形に挨拶をしに行く、といって閉まったはずの展示室に連れて行って(正確には付いていったのですが‥)くださいました。
彼はこの企画にずいぶん尽力なさったようで、実際は、シモンさんと同志社大学をつなぐコーディネーターだったようです。
で、撮影禁止の展示室で撮ったお目こぼしの1枚。
あわててシャッターを押しただけ、ピンポケなのに、この可愛さは何だ ! と四谷シモンの才能を見せつけられた気がします。

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その後の懇親会で、私の脚元を指して、「格好いいですね、そのブーツ」と声をかけて下さった方が・・・
見上げると、シンポジウムで質問をなさった「四谷シモン人形館・淡翁荘」の館長さんでした。
シンポジウム会場で、「シモンさんの人形と一緒に暮らしていますと、自分だけが歳をとるのだけれど、人形たちはそのままです。シモンさんにも、それを実感していただきたい。今度は泊まりに来て下さい(笑)」と発言し聴衆を沸かせた方です。
格好いい、といわれて喜んだのですが、よく考えると、シモンさんの人形の脚にもブーツが・・・
そのせいだったみたいです。

2007年10月28日

NMAOの皮膚

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現代美術の皮膚 Skin of/in Contemporary Art」開催中のNMAOに行ってきました。

「皮膚」という言葉に惹かれて。

だけれど、「現代美術の皮膚」というタイトルは意味不明。
ギモンは展示を見ても やっぱり・・・??? のままでした。

レイコ・クルックさんの「スキンアート展」(2000年)で皮膚とアートがしっかり刷り込まれている私なので、「現代美術の皮膚」は必見だったのですけれど。

タイトルと展示内容がどうもびったり感じられなかったのですが、(最近国立系?の美術館や博物館ってタイトルのつけ方が実にお上手ですのに・・)興味深い作品がいくつかあってヨカッタ・・。

なかでも、無数の玉虫を鎧のように、或いはドレスのように纏った透明な人型を見せたヤン・ファーブルの作品が面白くて虫をまじまじと見つめてしまいました。連続するモチーフが大好きな私、甲冑になってなおキラキラ光る無数の玉虫が面白くて奇妙で・・・

また、彼の初期の作品に葉っぱ虫(だったかな?葉にそっくりの隠蔽的擬態の虫)を2匹(この場合2体というべきかも)、100号以上もの大きさの紙の中央付近にペタッと貼付けたものがありました。葉っぱ虫は枯れ葉のごとく擬態し軽妙な姿態で貼り付いています。

この作品の台紙となっている紙は光った青。虹がブレンドされたみたいに輝いています。
その青はよーく見るとボールペンで塗りたくられた(まさに!)青でした。
何万回とボールペンをペイントするように青青と光るまで紙に走らせてつくった青だったのですね。

昆虫、ファーブル、、、
もしかして「昆虫記」のジャン=アンリ・ファーブルと彼は何らかの関係があるのかしら?と思って館内の資料に目を通すと、ヤン・ファーブルは・・J.H.ファーブルの曾孫でした。でも、ヤンが「昆虫記」のジャン=アンリ・ファーブルが曾祖父だと知ったのは20歳の時、以来昆虫への傾倒に拍車がかかったということです。やっぱり、ね。と合点しましたけれど、3代も遡るとあんなに有名な「昆虫記」の作者も曾孫に「刷り込み」しなかったのね、とちょっと不思議。

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この日のNMAOの主な観客は美術系の学生たちでした。
そんな観客のなかに、監視員に話しかけている妙齢の女性がいます。
「あのー、顔の皺の減らし方の展示があるかと思って来たんだけど・・・」
ええっー???
監視員「はぁー、、、」としか言えず・・・

翻って私、こんな面白い観客はいないと、この女性客のストーカーを始めました。
くだんの女性、オルランの作品でしばし足を止めて、また監視員に質問。
「あのー、整形後の写真はありますか?」

オルランは自らの身体を使った整形手術パフォーマンスで知られた作家です。
今回はオルラン7回目の整形手術の様子を14枚の写真で構成した作品が展示してありました。

で、監視員の答。
「この手前のが整形前で、あちらの最後の写真が整形後です」
ん、ここってどこだっけ・・?

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ほらね、タイトルって大事でしょ。
けど、訳分らんタイトルだと、意外な観客も見込めるようです。
これまた、楽しからずや・・・

**NMAOってどう読むのかなぁ
***「スキンアート展」の会場でもあったキリンプラザ大阪の取り壊しが決まりましたね。無くなるとなると少し寂しい。いつまであるのかなぁ

「現代美術の皮膚 Skin of/in Contemporary Art」
国立国際美術館
2007年12月2日(日)まで

2008年01月31日

こんぴらさん

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雪の本島へ渡った前日はココでした。
金刀比羅宮のこんぴらさん。

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丸金マークがあちこちに。

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お目当てはコレ。
若冲です。ガラス越しのツバメを見ました。
京都、相国寺の若冲があまりにヨカッタので、同じメンバーでここまで来てしまったのですが、全員無言・・・
でも、785段もの石の階段を登らなければ辿り着けないこんぴらさんは面白かった。

応挙や若冲、岸岱があったのは、さらに583段、総数1368段の階段を上ったところの奥書院
書院の襖絵です。
書院というからには、靴を脱いで拝見するのですが、日頃は素足で平気な私も吹きさらしの会場ではさすがに寒さで震えました。

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これは資生堂パーラー、エントランスの鉄の床。
そ、こんぴらさんに何故か資生堂パーラー「神椿」があるのです。
ま、一昔前は宗教は娯楽でもあったのだから、パーラーがあっても不思議ではないのですけれど。

なかなかにおもしろい取り合わせです、資生堂とこんぴらさん。
で・・・パーラーで珈琲もいいのだけれど、、、

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甘酒でひといき。
温まって、下界へ下りました。

金刀比羅宮 書院の美」今日最終日・・です。

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2009年05月14日

ガーデン

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この看板、通るたびに気になります。
木枠の扉にレトロなガラス。
ガーデンの上にアパートの文字。
ガラスのドア越しに内部がすこーし見えるのですが、住み心地もよさそうです。
よほど、ドアを押して、空き部屋があるのか、聞いてみたい衝動に駆られます。
もし、感じのいい大家さんか管理人の方が出てきて、あ、一部屋あいてますよ。なんていわれたら・・そして、お部屋をみせてもらって、とても気に入ったら、どうしよう、なんて夢想してしまうのです。

最近、とみにコンパクトな暮らしに憧れていて、こんなお部屋でこざっぱりと必要最低限のものだけで生活できたら、どんなにすぅーとするかしら・・と手に余るもののなかでの暮らしを疎ましく思います。
いちばんの憧れは平家。離れのようなちいさな日本家屋ですっきり暮らしたい。
居間と台所の他は書斎か応接間にできるような予備の部屋がひとつだけ。
いいなぁ〜と、夢想は際限なく続きます。

応接間なんて最近あまりみないのですが、考えると便利なものですね。
少々居間を取り散らかしていても客間があれば大丈夫だもの。
いつから、応接間あるいは客間とよばれる部屋がなくなってしまったのか・・
たぶん、団地ができた頃からでしょうか。

縁側や玄関の間で祖母が近所の人たちとおしゃべりしたり、お客さまのおあいてをしていたのを懐かしく思い起します。
そこだけは洋間だった応接間。そして縁側や お玄関。
日本の家からいつの間にか消えてしまいつつあるそれらが、じつはしっかり機能していたのだ、といまさらながら気付くのです。

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理想的な平家。まわりはどんどん建て変わるのに、このおうちだけはそのまんま。

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アパートガーデンはココの近くにありました。
ラグジュアリー展
メゾン マルタン マルジェラ必見。私見。

2010年10月29日

スノウ

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寒くなりましたねー
暑かった夏に行けたらよかったのに、ね。

しかし、うつくしいsnowでした !

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ネイチャー・センス展
11月7日(日)まで
森美術館