えっ・・今ごろ赤い風船ですか・・
なぁんていわないでくださいね。
映画「赤い風船」を観たのは夏・・でした。
'50年代の巴里。それも下町メニルモンタン。単純にこの年代のこの町の情景を見られるだけでもうれしいのに、この短編は朝露のようなキラメキを持った映画でした。
まさにファンタジー。
この余韻が醒めやらぬある日、愛書狂が「赤と白があったよー」と持って来てくれたのがこの本です。独りで本が読めるようになった子供のための、絵本のようなペーパーバック、livre de pocheの「赤い風船」。
「赤と白あったよー」の白は「赤い風船」と同時上映されていた「白い馬」の本か、と思いきや・・イラン映画「白い風船」でした・・残念。
どうやら「白い馬」版も出版されたもようですが。
映画のシーンが切り取られて、
映画よりもちょっぴり詳しいテクストではパスカル少年の背景が少し説明されています。
でも、映画あっての本。というカンジです。
だって、スチールだと風船が動かないもの !!
**「赤い風船」全編
こんなのが、いつでも好きなときに見られるなんて、いまもって驚きです。
いつだったか、TVのスイッチを入れると同時に現われた画面に惹き付けられて、毎週みていたのが嘘のよう。
その番組では、たった一曲をお薬みたいに毎週ちょっぴり、ほんの数秒ばかり、歌詞の説明付きでやってくれていたのですが・・
なにせ、「フランス語講座」のなかのポーズで、歌詞をたのしくお勉強、みたいな番組です。とーぜん毎回数フレーズのみしか聴かせてもらえなくて・・この続きはまた来週・・てな訳なのです。
このデュエット「さよならを教えて」を見るために毎週TVの前に座らなければならなかったなんて、たった10年ほど前のことなのに、すいぶん、変わったものですね・・
ありがとう、Mrチェン&ハーリー !!
これに関しては一応御礼をいっておきます。
でもね、バルカンよりもアルディファンの私。同じようなのですが、ファン心理としてはこっちで見たいかな。

自転車大好きな愛書狂がレアなエッフェル塔見つけたよー
とくれた絵葉書。1955年のツール ド フランスのポストカードです。
ただし、複製。
今年のツールは昨日ゴォォォォール。だったようですね。
けれど、この絵葉書にpauとあるのはどうしてだろ?
自転車上の選手たちはパリに入り、ゴールのシャンゼリゼに向かっているようにみえますが・・
???な絵葉書ですけれど、エッフェル塔はここにも登場。
実は結構ツール ド フランス好きだった私。以前、2度ばかり見に行ったことがあります。一度目はゴール寸前のシャンゼリゼへ。でも、出遅れて、見えたのは人の頭ばかり。頭と頭の間から微かに見えた選手たちの先頭集団。あっという間に、恐ろしいスピードで目の前を通り過ぎていきました。ゃゃ、本当にすごい、自転車とは思えない速度でした。
この時の経験から、ゴール付近では余程早くから待機しないと見えない、ということを学び、次の年は単なる通過地点で観戦することに。路肩に座ってのんびり集団を待ちました。とと、集団の通過の前に、いろんな宣伝カーやチームの車が通るのがおもしろくて・・BIBカーなんてのもありました。で、お待ちかねの先頭集団ですが、やはり、とてつもないスピードで、見る者が視線を右から左に移動させるのももどかしく感じるほどの速度で通過。
あの疾走を思うとこの暑さも少し和らぎそう?!
先週、九段会館で、3月に急逝された「草森紳一さんを偲ぶ会」がありました。
もう、永い間、お会いすることもなかった草森さんなのですが、ひょんなことから、ご案内をいただき、これも何かの巡り合わせかもしれないと思い参加させていだたきました。
話の特集の矢崎泰久さんの献盃にはじまり、清水哲男氏、立木義浩氏、村松友視氏、車谷長吉氏ら親交の会った方々のお話がどれも草森さんらしく(当たり前なのですが)、ときに笑いに包まれた和やかな会場でした。
会場には、大倉舜二さんが撮られた白い花に囲まれた草森さん、と50冊に及ぶ著書が並ぶなかに、自筆の原稿がありました。毛筆です。腱鞘炎で(物書きの職業病?)ペンは持てないからだろうと思っていたら、草森さんは紙を片手で立てて持ち、筆で書いてらしたのだそうです。蔵書に書くための場所さえ奪われて・・
恐ろしいほどの知識人であった草森さんの蔵書は5万冊とも6万冊ともいわれていて、それらの本に囲まれて(埋もれてといった方が正しいか・・)座して書く。書くスペースの他はすべて本だった、ということです。
高橋睦郎氏が会場で朗読された「読む人 または書刑 草森紳一に」を少し引かせていただきます。
文字が発明され 意味が発見されて
人間の罪悪と世界の不幸が 始まった
知らなかったときの無辜(むこ)と浄福を思うには
ひたすら読む 読み続けるしかない
読んだ書物は端から積んで 天井に届き
さらにあらたに積みつづけて 壁面を侵す
食うための場所 寝るための空間など
書物に占領され 疾(と)うに消え失(う)せた
幾十幾百とない書物の塔の 僅かな隙間に
尻を置き 脚を抱いて 膝の上で読みつづける
読んで夜もない 読みつづけて昼もない
読んで昨日もなく 読みやめず明日もない
読みながら消耗し 衰弱して いつか倒れ
そのまま死ぬだろうことは わかりきっている
文字を案出し 書物を創出した人間を自覚し
自らに課する刑罰 書刑そのまま屈葬
(略)
草森さんにはじめてお目にかかったとき、私が聞いたこと。
ビートルズ、どうでした???
草森さんはビートルズが来日したとき、写真集の取材でヒルトンの同じフロアにコピーライターとして(どういういきさつだったのかは聞きそびれたのですが)、写真家の浅井慎平さんと滞在してらしたのです。
「え、忘れちゃったよ」と真顔で問いただす私に困惑なさっていたのでした。
未発表のあるいは雑誌に掲載されたまま上梓されていない原稿がたくさんあるそうです。
さよなら、でも本のなかでもいい、もういちど、おあいしてみたい。
グルメにはもの足らないかも、、、しれません。
が、グルマンには大満足なお店です。
サンパな店内もさることながら、
お一人様ン千円で、と頼むとこれでもか、というほど次々とお料理が運ばれてきます。
海ぶどうの入った前菜。
ピッツァア !!!
ぃゃ、ほんとはもっと大きかったのですが、テーブルに置かれた数秒後にはこんな状態に・・・
おっきな海老フライと、
スズキのポワレ。
しかし、このあたりになると、「ほんとに一人ん千円なのぉー?」と、顔を見合わせて囁いた4人組でした。
「これで終わりです」と運ばれてきたビーフシチュウ。
たっぷりのマッシュポテト添え。
気になるオネダン、な、なんと、ここまでで
一人2千円。
土砂降りの雨の日でしたが、オサイフ快晴☀
もう、たいていオナカがいっぱいなのに、ここを紹介してくださった
伊部壽夫さんオススメのこれ↓で〆たい、とオーダー。
でもね、4人のうちの2人に「え˝ぇ〜まだ頼むのォ」と呆れられましたけれど。
結構辛口、野菜カレー〆。
「じゃあ、2人で食べるからね〜」と宣言したのに、みんなにたっぷり お味見されてしまった。
安い。おいしい。また来たい。と全員にっこりのお店でした。
このひとり2千円コースはいわゆるコース料理ではなく、単品が次々と出てくるっていう感じなのですが、その訳は日本食堂という店名にあり。
ここのシェフはJRの食堂車のコックさんだったのですって。
なるほど、ですよね。
食堂車でこんなメニュ召し上がりませんでした?
日本食堂
大阪市中央区本町橋6-21 MFK本町第一ビルB1F
06-6941-8623
11:30〜14:30 17:30〜
定休日 日曜日(土・祝不定休)
**2千円コースは3人前よりオーダー可(だったと・・いい加減な記憶ですが)
GREAT FASHION DESIGNS OF THE SIXTIES PAPER DOLLS IN FULL COLOR Tierney
昨日、外出先の電車の中で乗客の読む新聞記事が目に入り、瞬間凍ってしまいました。
サンローラン氏死去の見出しが・・・
ファッション界から引退なさっていたこともあって、最近あまり聞かなかったお名前なのでありますが、一時、フレンチヴォーグの社交欄愛読者であった私にとっては、偉大なクチュリエ以上の特別な存在の方だったという気がします。
きれいな彼のお母様や妹さん(イヴにそっくり・・)、ミューズだったドヌーヴやルル・ド・ラ・ファレーズとのツーショット。
社交欄のちいさな写真を飽かずに眺めていたものです。
当時お気に入りだったルル・ド・ラ・ファレーズがバルテュスの息子タデ・クロソフスキーと結婚して住んだ、すてきな、ほんとうにすてきなお部屋にうっとりしたり・・・
あ、これは社交欄ではありませんが、やはり、当時のヴォーグか何かで見たのでしょうね。
リヴ・ゴーシュのお洋服も素敵でした。
当時は気も付かなかったけれど、リヴ・ゴーシュというネーミングにも彼のモードに対する思いがあったのだな、など今更ながら思います。
上の写真は有名なモンドリアンルックのキセカエペーパードール。
GREAT FASHION DESIGNS OF THE SIXTIES PAPER DOLLS IN FULL COLOR Tierney
このキセカエ本の表紙にも堂々の主役 !?
薔薇の香りが大好きな私はYSLの香水Parisのファン。
発売当時(いつだったのだろ?)から いまだ飽きない・・
そういえば、香水Parisのパブリシティは当初エッフェル塔でした。
その後、サンローラン氏のミューズでメゾンのアクセサリーをデザインしていたルル・ド・ラ・ファレーズの姪、リュシー・ド・ラ・ファレーズが香水Parisのイメージモデルに。
サンローラン氏に見出されたリュシー・ド・ラ・ファレーズはキースの息子、マーロン・リチャーズの奥さまに。
なぁんて、サンローラン氏のおかげ?でgossip通になってました。
気になるのは、モロッコの彼の別荘。
ピエール・ベルジェ氏とヴァカンスを楽しんだあの美しい館はどうなるのだろう・・とインテリア誌で見ただけなのに勝手な心配をしてしまいます。彼の創作の源を見るような美しさだったのに・・
GREAT FASHION DESIGNS OF THE SIXTIES PAPER DOLLS IN FULL COLOR Tierney
このペーパードール(右)はYves-Saint Laurent 1963年のデザインです。
「おてんばルル」も好きでした。
*追記 2008.6.6
**Saint Laurent's funeral at the Eglise Saint-Roch
BBC
ITN
***ピエール・ベルジェ氏 追悼のコメント
****Pierre Berge Saint Laurent Foundation
ウチのファーストフードな一皿。
「超」が三つくらいつきそうな簡単料理。最近のヒット作です。
耐熱容器にオリーブオイルを塗ってざくっと大きめに切った新玉葱を一面に敷きます。
その上に塩、胡椒をした白身魚をのせて再びオリーブオイルをドバッとかけまわし、250度のオーブンへ。
魚においしそうな色がつけば、できあがりです。
ほんとうに簡単でしょ。
お好みでニンニクやハーブ、トマトなどを加えてくださいね。
写真の魚はヒラメだったので、ピンクペパーをふりました。
新玉葱がとろっと甘くておいしい。
あまりに簡単でおいしいので、今日も作ってしまった !
今日の魚はスズキ。グリーンペパーをガリガリいっぱい挽いて焼きました。
ニンニクやトマトはいれずに作ってみましたが、(というか、忘れてた)やっぱり美味しかった !
連休の手抜き料理にいかがでしょう。
スローフードはまたの機会に。
草間彌生の家具の展示は、一昨年のサローネでもっとも興味深いもののひとつでした。
会場は『10 corso como』
ミラノのセレクトショップですが、彼女の「無限の網」や「無限の水玉」にピッタリの場所でした。
エントランスにこんな文字が・・
━━展示会場の家具は日本の会社grafで製作されたものです━━
(とはいっても、私、イタリア語ほとんど解りませんのでエエ加減な訳ですが)
grafって???
と、このとき即座にgrafという名をインプット。
そして、不思議なもので、何年か後、お世話になっている坪文子先生にgrafの服部 滋樹さんをご紹介いただいたのでした。
grafの仕事はごく一部しか知らないのですが、それでも、なんか、いい感じでやってるなぁ・・・と思っていたら
先日、十周年ですって !
これは、graf 10th ANNIVERSARY TEN_PLUS パーテイーのケーキ。
十周年の十を象ったクロス型のケーキは野菜や花に囲まれていました。
会場内はまるで満員電車の様相。
階段も招待客たちでいっばい。
はじける笑顔がいっばいの会場で「最初の2年間はとにかくお金がありませんでした。一日200円でどうやって食べてこうか、みんなで考えました。」と服部さん。
「みんなのおかげで ここまでこれた10年でしたが、これから先の10年は社会にお返しをする十年にしたい。」
と、叫んでの(マイクを通しても大声で叫ばないと聞こえないほどの盛り上がり ! )ぜんぜん退屈しないgraf代表のご挨拶でした。
たこ焼きや(さすが大阪 ! )ピンチョス、ちいさなバーガーなど気の利いたしかも気取りのないお料理やデコ。
あの規模のパーティーをみんなの手づくりでやっちゃうなんて、すごいパワーです。
と、りりの口調を真似て自嘲するしかないVQ1005写真です。
超ピンぼけ。
いつもだと、カメラを向けないものを撮ってしまっています !
手術用のはさみの刃、メモ用紙、水道の栓。
そして、これはもっとピンぼけ。
地図帖、BURT'S BEEの紙白粉、(上の写真にも刃が写っている)ペーパーナイフ。
いちばん上に乗っかってるのは古いキーホルダー。
せっかく、エッフェル塔なのに、これではまったくわかりませんねー
でもね、カメラがかわると被写体も必然的にかわるのだ、と面白い発見をしました。
トイカメラの魔法 !?
ほんとうは動画モードで撮ったのだけど、、、
なぜかスチールになっていまひた。
春いちばんのおかいものはスイミングプール。
このボウルの色の名前です。
ネーミングを見て、ええっ?? と思いましたが、使って納得。
野菜を洗ってみたら、、、
光が水に映えて、ボウルはちいさなプールに見えました !
koziolさん、やりますねー
ついでにこれも。
エスプレッソ用カップ。
持ち手がないかわりにくるっと黄緑色のプロテクターがついてます。
セールだったので、赤も購入。
カップの ぽってり感が気に入って、エスプレッソだけではなくて、、、
日本茶にも使い廻しています。
煎茶用とほぼ同じサイズです。
ということは、赤玉瓔珞文のお茶碗も、、、
エスプレッソにも使ってみようっと。
「スイミングプール」に陽が入ってくれるのは楽しいのだけれど、
西日にサンバイザーが要るキッチン。
豆苗を水に入れて置いておいたら、こんなに成長しました。
細江英公の写真に"海辺のコイコイ"という作品があって、いい写真だなぁと思っていたのですが、被写体の女性の装いから判断して、緻密にセッティングして撮影されたものだと想像していました。
写真は、海辺に浴衣のようなものを着た男と、白い肘を被うほど長い手袋をしてキャプリーヌを目深に冠りハイヒールを履いた女性が砂の上に座っているツーショットです。男は着物の袖をまくり、女は白い手袋に覆われた手で花札を持ち、砂の上の座布団に今にも一手指そうかというタイミングで、細江英公のカメラは海をバックに二人を真横から捉えています。
男は澁澤龍彦。
女は矢川澄子。
1965年頃。
二人の間には砂の上の座布団。
コイコイというのは花札のゲームなのですが、この座布団が勝負の場、という訳です。
モノクロームのこの写真について細江英公氏がTVで話されたことがあって、私はたいそう興味深く聞きました。というのも、この写真は計算され尽くしたセッティングなどではなく、澁澤龍彦と矢川澄子が夜を徹してコイコイをしていて、明け方になって鎌倉の海辺で続きをしよう、と座布団を引きずって移動した時に撮影されたものだと細江英公氏が語られたのです。
「もう二度とこんな写真は撮れないでしょう。」と細江英公氏。
コイコイという遊びは たいそう面白くて、かつてしらじらと夜が明けるまでゲームに興じた経験のある私は、この時間の感じがとてもよく分るのです。
もう今はこの遊戯のルールさえ思い出せないのですが・・
この遊戯を教えてくれたのは草森紳一さんでした。
先日、草森さんは永代橋の家で本に埋もれたまま、下駄とサプライズを残して亡くなってしまいました。
草森さんが「本が崩れる」を出されてしばらく後に、神保町のバーで偶然、この新書の編集者の女性と隣り合わせ、草森さんの近況を伺って、いつか、また、お会いしたいものだと思いつつ、もうそれは果すことのできない望みになってしまいました。
訃報を知って、"海辺のコイコイ"を眺めてみたくなりました。
図録(澁澤龍彦幻想美術館)によるとこの写真のタイトルは"由比ケ浜で矢川澄子とコイコイをする澁澤龍彦"となっていました。私がこの写真をはじめて知った時は"海辺のコイコイ"か"コイコイ"だった気がします。
発狂したピラミッド──pyramide insensée
空っぽのシャンデリア──chandelier creux
すんばらしい金物──quincaillerie superbe
ボルト締め鉄板のおぞましい記念柱──odieuse colonne de tôle boulonnée
これらの奇妙な言葉の羅列は、エッフェル塔を建設中の1888年当時、まだ、その美しい4本の脚が出来上がりつつある彼女が賜った酷評です。
この頃の知識人たちがこぞってエッフェル塔建設に反対し、陳情書をパリ市に提出したことはよく知られた話で、モーパッサン、デュマ・フィス、ユイスマンス、作曲家グノーやオペラ座を設計したガルニエら、50人が名を連ねています。
この陳情書は所轄大臣ロクロワ商工相に渡され、彼は、〈有益なご意見を頂戴し云々〉とたいそう丁寧な回答を寄せたのですが、末尾には
〈 "une si noble et si belle prose━かくも格調高き、かくも美しい散文" は是非とも万博会場に展示致したい所存にて候〉と結んであったということです。
エッフェル塔が"美しい散文"だなんて、大袈裟で時代がかった言いまわしだけれど、彼女にふさわしい。
・・・って、贔屓目過ぎですかねー
ともかく、本日、エッフェル塔のお誕生日でした。
**このエピソードは私が尊敬してやまない倉田保雄先生のご著書「エッフェル塔ものがたり」を参考にさせていただきました。
桃の節句ですね。
今年もお雛様にお目にかかれました。
今日がひな祭りではあるのですが、うちでは、のんびりと3月3日頃から4月3日までお飾りします。
訳あって、調度品の少ないお雛様。
右近の橘と左近の桜は揃えて差し上げたいと思いつつ、果せません。
上の写真は実は3年前に写真家 喜多章さんに撮っていただいたもの。
(これは夜も8時を過ぎての撮影、しかも昼間でも薄暗い部屋・・私も毎年撮ってみるけれど、速攻ボツなのです・・)
今見るとお道具が増えてない・・
それに、菱餅もひとつしかない・・・って、、、
一ヶ月も飾っておくので、菱餅を泣く泣く捨てていた私。
この年はケチってしまったようです・・
半端なケチにあきれ果てつつ ひいなのまつり
元ヲトメのエッフェル塔マニアは「エッフェル塔のナニカ」を見つけると、大きく分けて3つの反応を示すようです。
其ノ一 「わっ、これゼッタイ欲しい」
其ノ二 「わっ、やなモノ見つけちゃった・・」
其ノ三 「ヨカッタ・・好みじゃなくて・・」
エッフェル塔モノはこの世に夥しい数が存在するので、たいていは「其ノ三」なのでありまして、ホッと胸をなで下ろすのでゴザイマス。
しかし、曲者は「其ノ二」です。
しかもこのケースが結構多い。
ブツを前に悩みます。売場をうろうろと・・数十分。
諦めかけては、また、舞い戻る。
ここまで迷うなら、買えよ、と思うのではありますが。
写真の栞は「其ノ一」でした。
「其ノ一」の場合、問題になるのはオネダンだけ。
という訳で元ヲトメ、栞は即購入いたしました。
あらら、、、
栞にするとエッフェル塔はなくなってしまうのですが、、
(愛書狂の本だけど無断で撮影しませう・・)
栞のヲトメは椅子の背にもお似合いなのでありまして・・
この栞はヨカッタのですが、実は「其ノ一」で入手できないほど辛いことはないのです。
欲しいのに買えない・・
逃がした魚は大きいのです。
もうずいぶん経つのに忘れられないものがひとつだけあります。
いつか、巡り会えたらと願わずにはいられません・・