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2007年03月 アーカイブ

2007年03月10日

針金屋のヤットコ

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針金の仕事を少しづつ、進めています。
mademoiselle B の小型、つまり、縮小版を制作中です。
『B嬢』は針金作家の林雄三氏とのコラボ作品。オリジナルの本体は彼の手になるものですが、縮小版は私がつくることに。

か弱き元ヲトメ ? に怪力を与えてくれるのが、このヤットコです。
「昔からあるヤットコなんだけどサ、これが一番いいんだよな」と、針金を曲げて40年 !! の林雄三さんにいただきました。
ラジオペンチなどより、ずーっと使い良いので、手放せません。

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これは我が師匠、「針金屋銀三」こと林雄三さんの道具。
写真のように、彼は月に2〜3本のペンチを(金属疲労で)破損させてしまうそうです。
恐るべき仕事量です‥

2007年03月20日

「お茶漬け」の密かな愉しみ

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パリのおみやげにフォワグラを頂戴しました。
それもアンティエ!!

お料理の専門家には叱られそうだけど、ウチでは、このようにしていただきます。

ごくごく薄くスライスした食パン(パン・ドゥ・ミといった方がいいかなぁ、フォワグラには、、)を軽く焼いて、フォワグラをたっぷりのせるだけ。こうすると、温かなパンの熱でフォワグラが少々とろけておいしいのです。

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とても簡単で美味なこのレシピ(なんて、いえませんよね)を教えてくださったのは、レイコ・クルックさん
造形作家であり、特殊メークアーティスト、私がもっとも尊敬する女性のひとりです。

もうずいぶん前のことになりますが、フォワグラ・アンティエを初めて食べたのは、エッフェル塔のあるバリ7区のレイコさんのおうちに居候をさせてもらっていた時のことでした。当時、レイコさんが一緒に仕事をなさっていたドミニク(・コラダン)が、今日は美味しいものがあるよ、と持って来てくれたのです。

皆でワインとフォワグラとパンをたらふく食べて、「こんな贅沢はない、フォワグラを飽きるほど食べたのだから‥‥」なんて言い合ってお開きになったのですが、「おやすみ」とドミニクが帰ってすぐ、レイコさんがそっと言いました。

「ねっ、お茶漬け食べようか」

さらさらとお茶漬けをいただきながら、今、ドミニクが戻って来たらビックリするだろうね、と言いながらほくそ笑んだのでした。

以来、フォワグラをこうやっていただく度にあのバリの夜を思い出します。

* *

こんなうれしいものを持ち帰ってくださったのは料理研究家の平川敦子さん。
Foie gras de canard entier des Landes !!
重かったでしょうに、ありがとうございました。

それにしても、このテーブルのお皿のコーディネイトは少々変ですね‥‥
よぼど早く食べたかったのでしょうね‥

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2007年03月21日

Paris Vertical

>paris vertical horst hamann

エッフェル塔はあらゆるところにあって私を悩ませます。
パン屋の袋やお菓子の箱、ノートやバッグやTシャツにも。
時には、ウィンドーに大きなチョコレートのエッフェル塔が…
何処にでもあって、こんなに蒐集しやすいものはない、とも言えるのですが、だからこそ、厳しい線引きを自分に課しています。でないと大変なことになってしまいます‥

街でハンティングしたエッフェル塔。


『塔はまた,全世界の人々の前にある。まず、パリを一つの映像で表現しなければならないおりには,世界中至るところに、パリの象徴としてこの塔はあらわれでる。』
「エッフェル塔」より抜粋 ロラン・バルト(宗 左近 諸田和治 訳)


ビル・ヴィオラ   ー   はつゆめ

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ようやく、最終日に駆け込んできました。
ご近所美術館でやっていたもので、いつでも行ける、なんて思ったのが大間違いでした。1月末から開催していたというのに‥

最終日、それも閉館1時間前に入館。
映像作品なので、当然なのですが、会場は真っ暗。
闇に包まれています。

bv-3.JPG暗闇の会場

暗闇に浮かぶようにビル・ヴィオラの作品がありました。

ナム・ジュン・パイクの影響を受けたアーティスト、ってことくらいしか予備知識のないままでしたけれど、最終日にでも駆け込んで本当に良かった !

今回展示された(というか、上映ですが)9の作品のうち、『クロッシング』がとてもとても印象に残りました。

男性がひとり立っています。上から水が頭を目指して落ちてきて、水の量がどんどんどんどん増えていきます。
やがて洪水のような水が男性を呑込んでしまうのです。
それでもまだ大量の水が落ちてきて、水滴が画面の下から立ち上るように撥ねる‥
落ちる水は、ひとときも同じカタチをしていない氷柱の連続模様みたい。
透明でアレグロで落ちてゆく水‥
それがあまりに美しいので、見ている側も浄化されてゆくような感覚にとらわれました。

ビル・ヴィオラはナム・ジュン・パイクと同様に日本と縁の深いアーティストで、80年に18ヶ月滞在しています。
81年、滞在中に制作した『はつゆめ』はヴィオラ アートの転機となった作品らしいのですが、時間切れで見られませんでした。ああ、なんてコト !!

それに、もう少し早く行って、もっと、早くご紹介すべき、展覧会でした‥‥‥

ココでは今までがっかりしてばかりだったもの。


**追記:ビル・ヴィオラのインタビューと作品の紹介を見ることができます。
2007.3.22

2007年03月24日

球体関節人形展 ー 四谷シモンを中心に

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無理かな、と諦めていたのですが、やはり、気になって行って来ました。
京都同志社大学で行われていた特別企画展「球体関節人形展」最終日に、シンポジウム「四谷シモン 自作を語る」があったのです。

またまたギリギリの時刻に会場に到着。
シンポジウムには間に合ったけれど、展示室は話を聞いている間に閉まってしまいました‥

シンポジウムと名の付くものに(あまり行かないけど‥)面白いものなし‥という私的感想はまたもや当たり。
シモンさんのお話を聞きたいのに、聞き手やパネリストの先生方お得意の作品の分析、又解釈の(シモンさんに対する)同意に終始してしまったのは聴衆として残念でした。

興味深かったのは質疑応答です。
人形について研究している大学院生  「人間と人形を隔てるものは何ですか?」
四谷シモンさん  「う・・・ん、ないですね。人形と人を隔てるものは、ありません」

質問「シモンさんの人形は愛玩するのか、或いは、ケースに入れて飾っておくのか、どちらを念頭において制作してますか?」
回答「う・・・ん、それは考えたこと・・・ないですね。」

この日の聴衆は何となく人形偏愛的?な感じの男性やゴスロリ少女が少数ながら会場のいい雰囲気をつくっていて視覚的に私、楽しみました。
なかに友人の写真家上諸尚美夫妻の姿も‥

それに、このご案内を送って下さったアスタルテ書房の佐々木さんが、シンポジウム終了後、人形に挨拶をしに行く、といって閉まったはずの展示室に連れて行って(正確には付いていったのですが‥)くださいました。
彼はこの企画にずいぶん尽力なさったようで、実際は、シモンさんと同志社大学をつなぐコーディネーターだったようです。
で、撮影禁止の展示室で撮ったお目こぼしの1枚。
あわててシャッターを押しただけ、ピンポケなのに、この可愛さは何だ ! と四谷シモンの才能を見せつけられた気がします。

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その後の懇親会で、私の脚元を指して、「格好いいですね、そのブーツ」と声をかけて下さった方が・・・
見上げると、シンポジウムで質問をなさった「四谷シモン人形館・淡翁荘」の館長さんでした。
シンポジウム会場で、「シモンさんの人形と一緒に暮らしていますと、自分だけが歳をとるのだけれど、人形たちはそのままです。シモンさんにも、それを実感していただきたい。今度は泊まりに来て下さい(笑)」と発言し聴衆を沸かせた方です。
格好いい、といわれて喜んだのですが、よく考えると、シモンさんの人形の脚にもブーツが・・・
そのせいだったみたいです。

2007年03月27日

こんなに美しい本

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最近入手した本の中で、気に入っているのが、これ。
昨年開催されたギィ・ブルダンの写真展のカタログです。
箱に20枚ほどの印刷された写真が入っているだけなので、厳密には「本」とはいえないかもしれませんが。
箱はさらに、網タイツ風のカバーに包まれています。

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シャルル・ジョルダンの靴のセンセーショナルな広告写真で知られたギィ・ブルダンにぴったりイメージが重なります。
彼の写真は扇情的なのだけれど、どこか、ストイック。それが危ういバランスを保っている。

聞くところによると、彼は存命中、写真集の制作や作品のギャラリー展示を許さなかったらしい。
それは、「写真はそれを最初に掲載したメディアのみに属するべきだ」という強い信念があったからだ、というのです。
う〜ん、かなり、ストイックでストレート。
そんなところが写真に現れて現われていたのだな、と妙に納得してしまいました。

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彼が亡くなって、それで、こんなに美しい写真集を見ることができるというのも皮肉なことではあるのですが。
Guy Bourdin 1928 ー1991

2007年03月28日

こんなに美しいバケツ

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緑の小道をお散歩するのも気持ちのいいものですが、鉄工所なんかが並ぶ町工場の散策も結構楽しめます。
そして、こんなのを見つけようものなら血が騒ぐのです。

ドラム缶を切って針金の持ち手を付けただけの大きなバケツ。
鉄屑用の、多分、ゴミ箱。
使い込まれた美しさ。

そして、「ものをつくる」素材としての「鉄」も、とても好きなのです。
ここ何年か、じわじわと自分の「好み」のものがはっきり輪郭を持ってきました。
「鉄」「網」「錆び」

「鉄」で「網状」のもの、「錆び」ているかどうかはわかりませんけれど、これって「エッフェル塔」 !!


「エッフェル塔ものがたり」の著者倉田保雄氏は、偶然、ポルトガルの"ドナ・マリア・ピア"という橋を見て、その橋が、まるで、エッフェル塔を横たえたような造形だったので、土地の人に尋ねると、
「エッフェルの橋、と呼んでいるよ。ギュスタブ・エッフェル氏が造ったのさ」という答が返ってきて、彼が「橋つくりの名人」であったことを初めて知ったといいます。
この驚きが「エッフェル塔ものがたり」を書くきっかけになった、とあとがきで述懐なさっています。

私がエッフェル塔に興味を持ちはじめたのも、偶然でした。
偶然、エッフェル塔がドカーンと迫りくる通りに2年ほど住んだので、毎日まいにち、「ドカーン」を見ているうちに愛着を覚えたのでした。もう、一昔前のことですが・・

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倉田保雄先生と、「エッフェル塔」のご縁とはいえ、こんな風に並べてしまっては私の身が竦みますけれど・・
(倉田先生、お元気ですか。先生には一度お仕事でお目にかかり、また、時事フランス語を1クール教わったこともありました。まったく不出来な生徒でしたけれど)

考えてみれば、エッフェル塔に夢中になったことで、塔が私に持ってきてくれる「何か」は、計り知れずまだまだ続くような気がしています。

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2007年03月31日

Bon Anniversaire !!!

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エッフェル塔の電話番号33(0)144112323


1889年3月31日日曜日 午後1時30分 
ティラール首相はじめ各界の来賓を迎え、エッフェル塔落成式が行われる。
シルクハットにフロックコートの紳士とロングドレスの御婦人約60名が1階のレセプション会場へ、まだ、エレベーターが動いていなかったので、階段を上っていった、という。
(コートやドレスの裾が風で舞って、たいへんだったろう、なんて、想像していまいます)
3階までたどり着いたのは35名。誰からともなく、ラ・マルセイエーズの合唱が・・・
そして、ギュスタブ・エッフェル氏が塔の頂にフランス国旗を掲揚する。
(倉田保雄著「エッフェル塔ものがたり」を参考にさせていただきました)

そして、今日、エッフェル塔は118歳!!!
Bon Anniversaire !!!